技能承継は、ベテランの退職が決まってから始めるものではありません。
設備の調整、品質の見極め、異常時の対応。製造現場には、特定の人の経験に支えられている仕事があります。
普段はその人がいるため問題になりません。休職や異動、退職で初めて、「ほかに分かる人がいない」と気づくことがあります。
最初に見るべきなのは、誰がベテランかではなく、どの仕事が止まるのかです。
そこから、誰にどんな技術や判断が集中しているのかを確認していきます。
ベテランがいる時間を、引き継ぎの時間に変える
2026年に公表されたJILPTの調査では、技能継承の取組として、「再雇用や勤務延長などにより高年齢の従業員に継続して勤務してもらう」が54.8%で最も多く、「継承すべき技能を文章やマニュアル、デジタル記録などで残す」は31.2%でした。いずれも複数回答です。
ベテランに長く働いてもらえば、引き継ぎの時間は確保できます。
その時間をどう使うかで、退職後に残るものは変わります。
「まだいてもらえる」と考えるのか、「今のうちに技術を残す」と考えるのか。
本人に聞けるうちに動けるかどうかが、技能承継の分かれ目になります。
人ではなく「止まる仕事」から見る
技能承継というと、熟練者が持つ技術を一通り洗い出すことを考えがちです。
経営上は、仕事への影響から優先順位をつけた方が分かりやすくなります。
ある担当者が休むと設備を調整できない。工場長しか最終的な品質判断ができない。トラブルが起きると、いつも同じ人が呼ばれる。
こうした仕事は、その人が不在になった瞬間に納期や品質へ影響します。
「この仕事が止まったら何が起きるか」を見たうえで、その仕事を支える技術や経験をたどる。
そうすると、会社として先に残すべき技能が見えてきます。
技能承継は、人材育成だけの話ではありません。品質や納期、操業を守るための経営課題でもあります。
手順より残りにくいのは「判断」
作業手順は比較的残しやすいものです。
設備の操作方法や作業の順番、設定値は、手順書にできます。
難しいのは、その途中でベテランが行っている判断です。
「いつもと音が違うから止める」
「この傷なら問題ない」
「この状態なら設定を変える」
長年の経験から身についた判断は、本人にとって当たり前になっているほど、引き継ぎの際に言葉になりにくくなります。
残したいのは「何をするか」だけではありません。
どこを見るのか。何を異常と判断するのか。そのとき、どう動くのか。
この部分まで言葉や記録にできれば、単なる作業手順よりも一歩深い引き継ぎになります。
残す基準は「次の担当者が再現できるか」
技能を残す方法を、すべてマニュアルに統一する必要はありません。
品質判断なら良品と不良品の写真、手の動きなら動画、設備調整なら設定値と変更理由を残す方が伝わる場合もあります。
選ぶ基準は、どの道具を使うかではなく、次の担当者が再現できるかどうかです。
記録を作ること自体が目的になると、現場では使われなくなります。
「この人しかできない仕事」を、別の人でも担える状態へ近づける。そのために何を残すかを決めます。
OJTだけに任せると、教え方も属人化する
製造現場では、実際の作業を通じてしか伝わらない技能もあります。OJTは欠かせません。
一方、何を教えるかまでベテラン任せにすると、教え方そのものが属人化します。
作業の手順や判断基準を記録しておけば、「何を引き継ぐのか」を会社、教える側、引き継ぐ側で共有できます。
OJTを置き換えるのではなく、OJTを個人任せにしないための土台と考える方が適切です。
経営者が確認したい3つのこと
- その人がいなくなると止まる仕事は何か
- 作業手順だけでなく、判断の基準まで引き継げる状態か
- 次に引き継ぐ人と、技能を残す方法が決まっているか
この3点が曖昧な仕事ほど、技能承継の優先度は高くなります。
退職が決まった後に、通常業務を続けながら長年の経験を一つずつ引き出す時間は限られます。
ベテランがいる今のうちに、誰に何が集中しているのかを把握しておく。
技能承継は退職対策ではなく、技術や品質を、人が替わっても維持できる会社にしていくための経営課題です。
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参考資料
2026年版ものづくり白書|経済産業省・厚生労働省・文部科学省
ものづくり産業における人材確保・定着と技能継承に関する調査|労働政策研究・研修機構(JILPT)
情報確認日:2026年9月17日

