「まだ現役だから、事業承継を考えるのは先でいい」
そう考えている中小企業経営者は少なくないでしょう。後継者が決まっていなければ、なおさら具体的に考えにくいテーマです。
しかし、事業承継は引退直前になってから「誰に会社を渡すか」を決めるだけのものではありません。
会社を今後どうしたいのか。後継者になり得る人はいるのか。株式や経営権はどうなっているのか。社長に依存している仕事はないか。技術やノウハウを誰に残すのか。
こうしたことを整理するには時間がかかります。
重要なのは、早く承継方法を決めることではありません。選択肢を持てるうちに、会社の現状と将来を整理し始めることです。
事業承継は、なぜ早めに考える必要がある?
中小企業庁の「2026年版中小企業白書・小規模企業白書」では、中小企業の後継者不在率は減少傾向にあり、経営者が60歳以上の企業でも後継者不足の解消が進んでいることが示されています。
一方で、2025年時点では60歳以上の経営者が中小企業経営者全体の過半数を占めています。
つまり、「後継者問題が改善しているから、事業承継を急いで考える必要はない」ということではありません。経営者の年齢が高い企業は依然として多く、会社をどう次につなぐかは引き続き重要な経営課題です。
事業承継を考えるときに大切なのは、早く結論を出すことではなく、早く整理を始めることです。
時間があれば、親族への承継、役員・従業員への承継、第三者への承継など、複数の可能性を比較できます。後継者候補を育てたり、社長に集中している仕事を分散したりする時間も確保できます。
「まだ引退しないから考えなくていい」のではなく、「まだ時間があるから整理できる」。そう考えることが、将来の選択肢を残すことにつながります。
最初に考えるのは「誰に継がせるか」だけではない
事業承継というと、「子どもが継ぐのか」「従業員に任せるのか」「M&Aをするのか」といった後継者の話から考えがちです。
しかし、後継者を決める前に確認しておきたいことがあります。
- 会社を5年後、10年後にどうしたいのか
- 現在の株主構成や経営権はどうなっているのか
- 社長にしかできない仕事は何か
- 主要な顧客や仕入先との関係は誰が担っているのか
- 会社に残すべき技術やノウハウは何か
- 経営者が交代したときに困る業務は何か
東京都中小企業振興公社の事業承継・再生支援でも、経営人材、事業用資産、知的資産といった観点から企業の現状や課題を把握し、承継計画や後継者育成などを支援しています。
こうして会社を整理すると、「後継者が決まっていない」こととは別の課題が見えてくることがあります。
例えば、次の社長候補がいたとしても、主要顧客との関係を現社長だけが持っているなら、その関係をどう引き継ぐかを考えなければなりません。
逆に、現時点で後継者候補がいなくても、事業や組織を整理しておくことはできます。
事業承継を「後継者探し」だけで捉えず、会社の経営資源と経営者への依存を棚卸しする機会として考えることが重要です。
事業承継にはどんな選択肢がある?
事業承継には、親族内承継、役員・従業員への承継、社外への引継ぎ(M&Aなど)といった選択肢があります。東京都中小企業振興公社も、事業承継に向けた選択肢としてこれらを案内しています。
親族内承継
子どもなどの親族へ経営を引き継ぐ方法です。ただし、親族だから当然に後継者になるとは限りません。本人の意思や適性、育成に必要な期間なども含めて考える必要があります。
役員・従業員への承継
会社の事業や現場を理解している役員・従業員が経営を引き継ぐ方法です。経営を誰が担うかだけでなく、株式をどのように引き継ぐかなど、別途検討すべき事項もあります。
第三者承継・M&A
親族や社内に適切な後継者がいない場合などには、第三者へ事業を引き継ぐ方法もあります。
ただし、「後継者がいない=M&A」ではありません。
現時点で後継者が決まっていなくても、親族、役員、従業員、第三者など複数の可能性があります。大切なのは、最初から一つに決めつけず、自社にどのような選択肢があり得るのかを整理することです。
なお、株式の移転や税務、相続、契約、M&Aなどには専門的な判断が必要になります。具体的な承継方法を検討する段階では、税理士や弁護士、公的な事業承継支援機関などへの相談を検討しましょう。
製造業では「社長」と「技術」の承継を分けて考える
中小製造業では、もう一つ確認しておきたいことがあります。
「次の社長が決まること」と「会社の競争力が次の世代に残ること」は、必ずしも同じではありません。
例えば、会社によっては、特定の熟練者に依存している加工技術、文書化されていない品質判断、図面だけでは伝わらない加工条件、長年築いてきた顧客・仕入先との関係などが競争力の一部になっている場合があります。
社長を交代できても、こうした技術や関係性が失われれば、事業を同じように続けられるとは限りません。
東京都中小企業振興公社でも、事業承継支援において「知的資産」を含めて企業の現状を把握するほか、自社技術等の確実な承継を図るための支援を実施しています。
そこで事業承継を考える際には、「誰が次の社長になるか」と同時に、「何を次の世代へ残さなければならないか」を棚卸しすることが重要です。
技術やノウハウについては、単に文書化すればよいとも限りません。権利化して守るのか、社内のノウハウとして管理するのかという知的財産戦略も関係します。
関連記事:中小製造業は特許を取るべき?「権利化」と「ノウハウ秘匿」を分ける知財戦略
また、技能が一部の社員に集中している状態は、事業承継だけでなく、日常の人手不足や属人化という経営課題にもつながります。
関連記事:人手不足はさらに深刻化へ 2026年版中小企業白書から考える「採用だけに頼らない経営」
東京都には事業承継を相談できる公的窓口がある
「何から整理すればよいか分からない」という段階であれば、公的な相談窓口を利用する方法があります。
東京都中小企業振興公社
東京都中小企業振興公社では、都内中小企業を対象に、事業承継・事業再生に関する個別相談を無料・予約制で実施しています。
相談内容には、後継者選定を含めた検討方法や課題整理、承継計画の作成、後継者育成、M&Aに関する留意点などが含まれます。法務・税務などについては、必要に応じて弁護士、公認会計士、税理士等の専門家と連携する仕組みもあります。
「まだ後継者が決まっていない」「どの方法で承継するか決めていない」という段階でも、まず自社の状況を整理するために相談する選択肢があります。
2026年9月時点では事業承継関連の助成制度も募集
東京都中小企業振興公社では、2026年9月13日時点で「令和8年度 事業承継支援助成金」の第2回募集を行っています。
申請受付は2026年9月16日17時までで、事業承継に向けた自社株式の評価やセルフ・デューデリエンス、中核人材の確保・育成など、外部専門家等への委託費用の一部を助成する制度です。助成限度額は200万円、助成率は原則として助成対象経費の3分の2以内です。
ただし、この記事で重要なのは「助成金があるから事業承継を考える」ということではありません。
まず会社の将来と承継上の課題を整理し、そのうえで必要な取組に利用できる制度があるかを確認する、という順番で考えるべきです。
また、この助成金には申請前の支援利用など申請区分ごとの要件があります。利用を検討する場合は、必ず最新の募集要項と申請要件を確認してください。
<参考>東京都中小企業振興公社「令和8年度 事業承継支援助成金」
経営者は今、何を整理すればいい?
事業承継を考え始めたからといって、すぐに後継者や承継方法を決める必要はありません。
まずは、次の項目を確認してみてください。
事業承継を考えるための最初のチェック
- □ 会社を5年後・10年後どうしたいか考えている
- □ 後継者候補の有無を整理している
- □ 現在の株主構成を把握している
- □ 社長に依存している仕事や取引先を把握している
- □ 承継すべき技術・ノウハウを把握している
- □ 親族・役員・従業員・第三者への承継可能性を考えたことがある
- □ 従業員や主要取引先への影響を考えている
- □ 必要になったとき相談できる公的窓口を把握している
すべてにチェックが付かなくても構いません。
むしろ、分からない項目があること自体が、これから整理すべき課題を見つけるきっかけになります。
事業承継で最初に必要なのは、「誰に会社を渡すか」という結論ではありません。
今の経営者が経営から離れたとき、会社の何が引き継ぎにくくなるのか。
経営、人材、取引先、技術、ノウハウなどを一度棚卸ししてみる。それだけでも、会社の将来を考える重要な一歩になります。
早く承継方法を決めるためではなく、将来の選択肢を失わないために、会社を整理しておく。
「まだ先」と思っている段階だからこそ、事業承継について考え始める意味があります。
出典・参考資料
- 中小企業庁「2026年版中小企業白書・小規模企業白書の概要」
- 東京都中小企業振興公社「事業承継・再生支援事業」
- 東京都中小企業振興公社「企業継続支援について(経営改善プロジェクト)」
- 東京都中小企業振興公社「令和8年度 事業承継支援助成金」
※本記事は2026年9月13日時点の公表情報をもとに作成しています。事業承継に関する制度・支援内容は変更される場合があります。具体的な税務・法務・相続・M&A等については、各分野の専門家または公的支援機関へご確認ください。

